歌人茂吉が愛したふるさとの山 茂吉の豊かな感性で蔵王をみる
茂吉歌碑めぐり

イントロダクション

歌人 斎藤茂吉

斎藤茂吉

斎藤茂吉は明治15年(1882)5月14日、山形県南村山郡金瓶村(現・山形県上山市)に生まれ(昭和28年(1953)2月25日没・満70歳)、日本近代文学史において重要な位置を占める歌人です。

17歳のとき、佐佐木信綱の『歌の栞』を読んで短歌に興味を持ちはじめました。23歳のとき、明治37年(1904)に発行された正岡子規の遺稿集『竹の里歌』を読んで強い感銘を受け、本格的に作歌を志します。そして、明治39年(1906)に子規の流れを汲む伊藤左千夫に入門し、短歌の道を歩み始め、その後「アララギ」の中心歌人として活躍しました。

茂吉の歌の特徴は、万葉調を基本として、傾倒した子規に発する写生論を発展させた点にあり、表面的な写生にとどまらず、対象に自己を投入して、自己と対象とが一つになった世界を具象的に写そうとする茂吉の短歌写生論「実相観入」を作歌姿勢としました。

また、精神科医としても活躍しました。オーストリア、ドイツ留学を経て青山脳病院院長の職を務めながら、全17冊の歌集を発刊、約1万8千首の歌を作りました。

詳しくはこちら

茂吉と蔵王

昭和16年5月1日 瀧山登山
昭和16年5月1日 瀧山登山
昭和16年5月1日 瀧山登山
昭和16年5月1日 瀧山登山
昭和16年5月1日 瀧山登山
昭和17年5月1日 笹谷峠越え
昭和17年5月1日 笹谷峠越え
昭和17年5月1日 笹谷峠越え

茂吉は、父なる蔵王山、母なる最上川としてふるさと山形の自然を讃えこよなく愛しました。
蔵王は幼少のころから朝夕仰ぎ親しんだ山で、西の出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山)に対して東の御山として信仰したようです。また、後年、登山の際は蔵王温泉(当時は高湯温泉)に宿を求めています。そのため蔵王に関する歌が数多く作られました。

茂吉歌碑めぐり

茂吉の歌碑は、北海道から九州まで広い範囲で建てられていますが、山形にはゆかりの地も多く、全体の約半数を占め、茂吉の足跡をしのぶことができます。
蔵王には、生前唯一建立を認め、作歌し揮毫した意義深い歌碑の短歌「陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ(蔵王連峰 最高峰 熊野岳山頂・昭和9年(1934)建立 山の歌碑❷)」をはじめ、茂吉の思いを残す珠玉の歌が数多くあります。
「歌人 斎藤茂吉 蔵王文学のみち」では、茂吉の蔵王の歌から厳選して刻まれた20 基・21首の歌碑をめぐり、その感性と思いに触れることができます。
ロープウェイ等で最高の眺望につつまれる空中散歩や四季折々の恵みが広がるトレッキング、蔵王の力がみなぎるパワースポット、湯の香漂う温泉街の情緒と一緒に、あなたも茂吉の世界を感じながら、蔵王を満喫してください。

山の歌碑(6基・6首)

標高1,841mの熊野岳を主峰に持ち、亜高山帯の豊かな植物や野鳥等、四季折々の恵みの宝庫。「蔵王中央高原散策路」、「観松平・いろは沼散策路」、「蔵王開運回遊」、「山のベル」、「恋人の聖地」をロープウェイやリフトを使って、清々しいトレッキングと美しい眺望を楽しみながら、6基の茂吉歌碑をめぐり、茂吉の感性と大自然に触れる。

湯の歌碑(13基・14首)

開湯伝承1900年、標高900mの高地に湧く、源泉かけ流し100%天然温泉。全国でも有数の強酸性の硫黄泉で美人の湯としても知られる。日帰り入浴場、足湯、日帰り入浴ができるホテル・旅館のいで湯と美味しいものを楽しみながら、街歩きと13基の茂吉歌碑をめぐり、茂吉の感性と名湯と街に触れる。

麓の歌碑(1基・1首)

蔵王の表玄関のシンボルとして建つ「蔵王の朱い大鳥居」の茂吉歌碑で、歌碑めぐりの崇高な世界へのはじまりを感じながら、茂吉の感性と故郷への想いに触れる。

昭和14年7月8日 熊野岳山頂歌碑前の茂吉

蔵王で短歌を作ろう

短歌とは、和歌の一つで、「5・7・5・7・7」の5句31音からなり、喜びや悲しみ、自分が感じたことや、見た風景、自然のありさまを言葉で伝える抒情詩です。万葉の時代に成立し、明治時代以降は和歌といえば短歌をさすようになりました。
短歌は、俳句のように季語はいりません。あなたが今見ている情景、感じた思いを「5・7・5・7・7」で表す短歌は人生に豊かさを与えてくれます。
あなたが撮った写真、描いた絵画、スケッチと組み合わせると、表現力が広がり素敵なオリジナルアートの完成です。
さあ、みなさんも蔵王で短歌を作ってみませんか。そして、作品をいろいろなところに投稿して、蔵王の感動を広めてください。

茂吉歌碑

1

麓の歌碑

蔵王山のかげより白雲のわきのぼる
さまあざやかにけふはれわたる

ふりがな ざおうさんの かげよりしらくもの わきのぼる
さまあざやかに きょうはれわたる
朗読 蔵王山の△かげより白雲のわきのぼる△
さまあざやかに けふはれわたる
意味 目の前の蔵王の山蔭から湧きのぼる白雲が殊更あざやかに見えて今日は良く晴れわたった。(有り難い)
注釈 8月6日の手帳。最上三十三観音札所松尾山観音堂境内での作。日記(お直ら周囲の人ら病人多し)「観音堂ニテ心ヲシヅメウタタ寝ヲシタ」。
茂吉は約1万8000首の歌を作っているが、この歌は17冊刊行した歌集には載っていない。
あざやかというのは、懐かしい、自分が子どものころの蔵王山のように見えると思っているかもしれない。
出典 全集 拾遺(昭和20年)
場所 蔵王の朱い大鳥居
揮毫 山形県知事 吉村美栄子
建立年 平成29年(2017)
建立者 茂吉歌碑を建立する会(現所有者:山形市)
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル ➡ 車15分
B:山形駅 ➡ 車20分
2

山の歌碑

陸奥みちのくをふたわけざまに聳そびえたまふ
蔵ざ王わうの山やまの雲の中に立つ

ふりがな みちのくを ふたわけざまに そびえたもう
ざおうのやまの くものなかにたつ
朗読 陸奥をふたわけざまに聳えたまふ△
蔵王の山の雲の中に立つ
意味 東北をさながら二つに分ける形で堂々と気高く聳える蔵王連峰、そう思って長く仰いでいる、その高山の雲の中に自分はいま立っている。(感慨無限だ)
解説 それまで建てることを強く拒んでいたが、実弟の説得に漸く応じ、生前唯一建立を認め、そのために作歌し揮毫した意義深い歌碑。茂吉は、建立された5年後の昭和14年7月8日に訪れている。
注釈 詞書「六月四日、舎弟高橋四郎兵衛が企てのままに蔵王山上歌碑の一首を作りて送る」。
出典 白桃(昭和9年)
場所 熊野岳山頂
建立年 昭和9年(1934)
建立者 高橋四郎兵衛
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王ロープウェイ山麓線(7分)・山頂線(10分)➡登山道 徒歩60分(山の歌碑❸経由)
B:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王ロープウェイ山麓線(7分)➡ユートピアリフト(5分)➡登山道 徒歩125分(山の歌碑❹・いろは沼経由)
C:蔵王温泉バスターミナル➡車50分(蔵王エコーライン経由)➡刈田駐車場➡蔵王山頂リフト(5分)➡登山道 徒歩45分
D:熊野岳山頂までの徒歩行程が難しいと思われる方は、蔵王ロープウェイ地蔵山頂駅に写真パネルがありますので、こちらで鑑賞することもできます。
3

山の歌碑

雪消えしのちに蔵王の太陽たいやうが
はぐくみたりし 駒草こまぐさのはな

ふりがな ゆききえし のちにざおうの たいようが
はぐくみたりし こまぐさのはな
朗読 雪消えし△後に蔵王の太陽が
育みたりし△駒草のはな
意味 夏になって雪の消えた後の蔵王の太陽が育んだものだ、この駒草の花は。
注釈 詞書「七月八日歌碑を見むとて蔵王山に登る 同行岡本信二郎、河野与一、河野多麻、結城哀草果、高橋四郎兵衛の諸氏」南の歌碑(蔵王防平)参照。
歌碑のまへにわれは来りて時のまは言ぞ絶えたるあはれ高山やわが歌碑のたてる蔵王につひにのぼりけふの一日をながく思はむ自生の駒草の花(今も自生している)。
出典 寒雲(昭和14年)
場所 蔵王ロープウェイ地蔵山頂駅
建立年 平成30年(2018)
建立者 蔵王ロープウェイ株式会社
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王ロープウェイ山麓線(7分)・山頂線(10分)➡徒歩1分
4

山の歌碑

みちのくの蔵王ざわう山なみにゐる雲の
ひねもす動き春たつらしも

ふりがな みちのくの ざおうやまなみに いるくもの
ひねもすうごき はるたつらしも
朗読 みちのくの蔵王山なみにゐる雲の△
ひねもす動き春たつらしも
意味 東北の蔵王連峰に生き生きと見える雲、一日中動くから、冬が過ぎて春になるだろう。(嬉しくも心が躍動する)
解説 歌集『霜』の昭和17年「新年頌」5首の中の1首。めでたい新年詠として蔵王を詠んだ。
注釈 小題「新年頌」5首中の一つ。「ゐる」は擬人的用法。茂吉の感覚的な世界。西洋の影響もあるように思える。
出典 霜(昭和17年)
場所 観松平
建立年 昭和43年(1968)
建立者 蔵王ロープウェイ株式会社
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王ロープウェイ山麓線(7分)➡ユートピアリフト(5分)➡徒歩5分
5

山の歌碑

ひむがしの蔵王ざわうを越ゆる疾ときかぜは
昨日きのふも今日けふも断ゆることなし

ふりがな ひんがしの ざおうをこゆる ときかぜは
きのうもきょうも たゆることなし
朗読 ひむがしの蔵王を越ゆる疾きかぜは△
昨日も今日も断ゆることなし
意味 東に見える蔵王を越えて吹く疾風(速く吹く風)は昨日も今日も吹いて絶えることがなかった。自然のありふれていない姿だ。
注釈 小題「最上平野を過ぐ」の1首。(ここから見える蔵王である)
出典 ともしび(昭和3年)
場所 蔵王中央高原・片貝沼畔
建立年 平成30年(2018)
建立者 歌人斎藤茂吉蔵王文学のみち実行委員会・一般社団法人山形市観光協会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王中央ロープウェイ(7分)➡徒歩30分
6

山の歌碑

蔵王ざわうよりひくき雁戸がんどのあゐ色を
しばし 恋こほしむ雪のはだらも

ふりがな ざおうより ひくきがんどの あいいろを
しばしこおしむ ゆきのはだらも
朗読 蔵王よりひくき雁戸のあゐ色を△
しばし恋しむ△雪のはだらも
意味 蔵王より低い雁戸山の藍色に、心惹かれてしばらく恋しく思う。融けかけて斑まだらの雪も魅力的だ。(なつかしく恋しい良い山だ。)
注釈 雁戸山―蔵王連峰北端。標高1485メートル。小題「羽前」。詞書「龍山のいただきにありて」9首中の一つ。
蔵王の赤はだかなる峰にゐて雁戸の山は直に青しも「寒雲」昭和14年
雁戸よりひだりに低くなりゆきし笹谷峠は愛しきろかも「霜」昭和16年
出典 霜(昭和16年)
場所 鳥兜山頂広場
建立年 平成29年(2017)
建立者 蔵王観光開発株式会社
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩5分➡蔵王中央ロープウェイ(7分)➡登山道 徒歩1分
7

山の歌碑

山やまの峰みねかたみに低くなりゆきて
笹谷峠ささやたうげは其處そこにあるはや

ふりがな やまのみね かたみにひくく なりゆきて
ささやとうげは そこにあるはや
朗読 山の峰かたみに低くなりゆきて△
笹谷峠は其処にあるはや
意味 山の峰々は互いに低くなってゆき、彼の笹谷峠がすぐそこにあるではないか。
注釈 小題「羽前」。詞書「瀧山のいただきにありて」9首中の一つ。
笹谷峠は江戸時代から仙台藩と山形藩をつなぐ峠であり、親しくてもうすぐそこにあるじゃないかというような気持ちになっている。
出典 霜(昭和16年)
場所 蔵王中央高原・蔵王大権現
建立年 平成28年(2016)
建立者 茂吉瀧山蔵王歌碑保存会・蔵王温泉観光協会
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王中央ロープウェイ(7分)➡中央第1リフト(5分)➡徒歩10分
※蔵王スカイケーブル運行時限定(8月一部、ウインターシーズン)
B:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分➡蔵王スカイケーブル(7分)➡徒歩0分 徒歩1分
8

湯の歌碑

朝あさぐものあかあかとしてたなびける
蔵王ざわうの山やまは見とも飽かめや

ふりがな あさぐもの あかあかとして たなびける
ざおうのやまは みともあかめや
朗読 朝ぐものあかあかとしてたなびける
△蔵王の山は 見とも飽かめや
意味 朝の雲が赤々と棚引いている蔵王山は素晴らしい。ずっと見ていたら飽きることがあるだろうか、いや絶対にない。(それ程いい山だ。)
注釈 小題「帰路」11首中の一つ。上山からの帰路。「や」は反語。
出典 石泉(昭和6年)
場所 蔵王温泉バスターミナル
揮毫 山形市長 佐藤孝弘
建立年 平成29年(2017)
建立者 歌人斎藤茂吉蔵王文学のみち実行委員会・一般社団法人山形市観光協会
株式会社ヤマコー
アクセス 山形駅➡車35分・路線バス45分
9

湯の歌碑

やま峡かひに日はとつぷりと暮れゆきて
今は湯の 香かの深くただよふ

ふりがな やまかいに ひはとっぷりと くれゆきて
いまはゆのかの ふかくただよう
朗読 やま峡カイに日はとつぷりと暮れゆきて△
今は湯の香の 深くただよふ
意味 今いる山の間は日がすっかり暮れて、湯の香が深く漂うようになった。夜の気配が迫ってくる。
注釈 初版「やま峡かひに日はとつぷりと暮れたれば今は湯の香か の深かりしかも」小題「死にたまふ母」59首中の一つ。
出典 赤光(大正2年)
場所 共同浴場下湯
建立年 平成29年(2017)
建立者 蔵王温泉親和会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩3分(湯の歌碑❽経由)
10

湯の歌碑

ひむがしの蔵王ざわうの山やまは見みつれども
きのふもけふも雲さだめなき

ふりがな ひんがしの ざおうのやまは みつれども
きのうもきょうも くもさだめなき
朗読 ひむがしの蔵王の山は見つれども△
きのふもけふも雲さだめなき
意味 東方に立つ蔵王の山を見ているが昨日も今日も雲が定まらない。不安定だ、秋が過ぎて冬になるか。
注釈 小題「秋の雲」5首中の一つ。
出典 石泉(昭和6年)
場所 おおみや旅館
建立年 平成30年(2018)
建立者 伊藤八右衛門
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩5分(湯の歌碑❽❾経由)
11

湯の歌碑

しづかなる春山峡はるやまかひのかなしさよ
杉原すぎはらゆけば杉の香ぞする

ふりがな しづかなる はるやまかいの かなしさよ
すぎはらゆけば すぎのかぞする
朗読 しづかなる春山峡のかなしさよ□
杉原ゆけば 杉の香ぞする
意味 音のなく静まりかえる春の山峡の風情はなんとなくもの哀しい。杉の原を行けば当然杉の香がするし。
注釈 小題「羽前」。詞書「哀草果と林中を行く」3首中の一つ。
「しづかなる春山峡のかなしさよ」と「杉原ゆけば杉の香ぞする」、両方が響き合って一つの世界をつくる歌である。
出典 霜(昭和16年)
場所 酢川温泉神社
建立年 平成29年(2017)
建立者 歌人斎藤茂吉蔵王文学のみち実行委員会
一般社団法人山形市観光協会
酢川温泉神社
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分(湯の歌碑❽❾❿・酢川温泉神社参道経由)
12

湯の歌碑

万国ばんこくの人来り見よ雲はるる
蔵王ざわうの山やまのその全またけきを

とどろける火はをさまりてみちのくの
蔵王ざわうの山はさやに聳ゆる

ふりがな

ばんこくの ひときたりみよ くもはるる
ざおうのやまの そのまたけきを

とどろける ひはおさまりて みちのくの
ざおうのやまは さやにそびゆる

ふりがな

万国の人来り見よ□雲はるる蔵王の山の△その全けきを

とどろける火はをさまりて△みちのくの蔵王の山はさやに聳ゆる

意味 世界中の人が観光に来て見て欲しい。晴れ上がった蔵王の山のこの全貌を。(新日本観光地百選日本一になったわが蔵王の山を)
昔は活火山で火がとどろき噴いたが今は東北の誇る蔵王としてさやかに聳えている。安心をして来て親しんでほしい。
注釈 小題「蔵王山」2首。
昭和25年「新日本観光地百選山岳の部」で、蔵王が第1位になったとき、東京に住んでいた茂吉がわがことのようによろこび蔵王山と題し発表した2首。これにより堀田村→蔵王村。高湯→蔵王温泉。金井駅→蔵王駅。宮城県側宮村と円田村(合併)→蔵王町と地名が変更。
みちのくの蔵王の山が一等に当選をして木あけび通霜さぶ「つきかげ」昭和25年
ひいでつつ天あめが下したなる厳おごそかさ山やまがた形あがたの蔵ざ 王わうの山は
※当時山形県東京事務所長の鈴木啓蔵に宛てた書簡にある歌
出典 つきかげ(昭和20年)
場所 上の台
建立年 昭和46年(1971)
建立者 蔵王温泉観光協会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩11分(湯の歌碑❽⑬経由)
13

湯の歌碑

ひさかたの雪はれしかば入日いりひさし
蔵王ざわうの山は赤々あかあかと見ゆ

ふりがな ひさかたの ゆきはれしかば いりひさし
ざおうのやまは あかあかとみゆ
朗読 ひさかたの雪はれしかば入日さし△
蔵王の山は赤々と見ゆ
意味 毎日の雪が今日は晴れて、夕日の当たる雪山の蔵王が染まって赤々と見える。(何とも勇壮だ。)
注釈 小題「続上ノ山滞在吟」32首中の一つ。
「ひさかたの」枕詞。もともと「天」にかかるが、天空に関係あるものとして「雲」「雪」「霰(あられ)」にもかかる。
茂吉は赤が好きで、子どもの頃からの蔵王が赤々と染まる風景につよく感動していると思われる。
出典 白桃(昭和9年)
場所 蔵王スカイケーブル上の台駅
建立年 平成29年(2017)
建立者 株式会社ヤマコー
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分(湯の歌碑❽経由)
14

湯の歌碑

蔵王ざわうをのぼりてゆけばみんなみの
吾妻あづまの山に雲のゐる見ゆ

ふりがな ざおうを のぼりてゆけば みんなみの
あづまのやまに くものいるみゆ
朗読 蔵王をのぼりてゆけばみんなみの△
吾妻の山に 雲のゐる見ゆ
意味 蔵王を登ってゆくと南に見える吾妻山には雲が生き生きと見える。
注釈 小題「蔵王山」8首中の一つ。
雲がただじっとしているのでなく、いきいきと見える。茂吉には人の動きあるいは動物の動きのように見える。
出典 赤光(明治44年)
場所 蔵王みはらし公園(酢川温泉神社参道脇)
建立年 平成30年(2018)
建立者 株式会社高見屋旅館
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩6分(湯の歌碑❽❾❿経由)
15

湯の歌碑

蔵王より南のかたの谿谷けいこくに
初夏しよかのあさけの靄たなびきぬ

ふりがな ざおうより みなみのかたの けいこくに
しょかのあさけの もやたなびきぬ
朗読 蔵王より南のかたの谿谷に△
初夏のあさけの 靄たなびきぬ
意味 蔵王の南側の溪谷に、初夏の朝だから靄が棚引くようになった。良い季節になる。
注釈 小題「疎開漫吟(二)」65首中の一つ。
出典 小園(昭和20年)
場所 緑屋2号源泉足湯
建立年 平成30年(2018)
建立者 荒井石材店
株式会社緑屋商店
蔵王温泉観光協会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩5分(湯の歌碑❽経由)
16

湯の歌碑

たましひを育はぐくみますと聳えたつ
蔵王ざわうのやまの朝雪あさゆきげむり

ふりがな たましいを はぐくみますと そびえたつ
ざおうのやまの あさゆきげむり
朗読 たましひを育みますと聳えたつ△
蔵王のやまの 朝雪げむり
意味 われわれの精神を養い育んでくれて聳え立つ蔵王の山に、今朝は雪けむりが見える。美しくも心が引き締まる。
注釈 小題「冬の光」11首の一つ(第1首)。
疎開してくる前の年の歌。
蔵王は心を育ててくれる山だと言っている。自分の魂はこの蔵王が育ててくれたのだと思っており、そこに朝雪けむりが立つのを見て感動している。
出典 小園(昭和19年)
場所 和歌の宿 わかまつや
建立年 平成29年(2017)
建立者 斉藤長右衞門
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩4分(湯の歌碑❽経由)
17

湯の歌碑

蔵王よりゆるくなだるる高はらは
なべて真白し雪ふりつみて

ふりがな ざおうより ゆるくなだるる たかはらは
なべてましろし ゆきふりつみて
朗読 蔵王よりゆるくなだるる高はらは△
なべて真白し雪ふりつみて
意味 蔵王山からゆったり傾斜する高原は真っ白だ、雪がすっかり降り積もって。
注釈 小題「雪やま」8首中の一つ。
昭和17年の作。秋の後半に雪が降るというより、この頃はおそらく秋になると間もなく雪が降ったのだろうと思われる。
出典 霜(昭和17年)
場所 樹氷通り・蔵王中央ロープウェイ前
建立年 平成29年(2017)
建立者 蔵王温泉観光協会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩4分(湯の歌碑❽経由)
18

湯の歌碑

ここにして蔵王ざわうの山はあら山と
常立とこたちわたる雲くも見つつをり

ふりがな ここにして ざおうのやまは あらやまと
とこたちわたる くもみつつおり
朗読 ここにして蔵王の山はあら山と△
常立ちわたる雲見つつをり
意味 ここから見える蔵王は荒山だな、そう思い、いつでも立ちわたっている、見慣れた雲をしばらく見て立っている。
注釈 小題「羽前」。詞書「四月三十日、赤湯を立ち上山温泉山城屋に著く。五月一日、上山を立ち山形を経て高湯温泉なる瀧山に登る。高橋重男同道せり」10首中の一つ。
出典 霜(昭和16年)
場所 蔵王ロープウェイ山麓駅
建立年 平成30年(2018)
建立者 蔵王温泉観光協会
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩10分(湯の歌碑❽⓱経由)
19

湯の歌碑

ひさかたの天あめはれしかば蔵王ざわうのみ
雲くもはこごりてゆゆしくおもほゆ

ふりがな ひさかたの あめはれしかば ざおうのみ
くもはこごりて ゆゆしくおもおゆ
朗読 ひさかたの天はれしかば△蔵王のみ
雲はこごりてゆゆしくおもほゆ
意味 空が晴れ渡ったので蔵王だけが雲がかたまって滞り、疎ましく思える。
雲がなく見えたら素晴らしいだろうに。
注釈 「ひさかた」「天」を言う枕詞。湯の歌碑⓲の歌に続く作。小題、詞書湯の歌碑⓲に同じ。
出典 霜(昭和16年)
場所 蔵王四季のホテル 離れ湯百八歩
建立年 平成28年(2016)
建立者 伊藤八右衛門
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩14分(湯の歌碑❽⓱⓲経由)
20

湯の歌碑

ひむがしに直ただにい向ふ岡にのぼり
蔵王ざわうの山を目守まもりて下る

ふりがな ひんがしに ただにいむかう おかにのぼり
ざおうのやまを まもりてくだる
朗読 ひむがしに直にい向ふ岡にのぼり
△蔵王の山を 目守りてくだる
意味 東に向かって遮るものもなく向っている小高い岡から、蔵王の山をしみじみ見守って、その岡を下った。それだけで満足だ。
注釈 小題「遠のひびき」5首中の一つ。孤独感が満ちる。
出典 小園(昭和20年)
場所 鴫の谷地沼畔
建立年 昭和44年(1969)
建立者 株式会社山形新聞社・山形放送株式会社
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩16分(湯の歌碑❽⓱経由)
B:蔵王温泉バスターミナル➡徒歩21分( 湯の歌碑❽⓱⓲⓳経由)
C:蔵王温泉バスターミナル➡車3分➡徒歩1分

霊泉碑

解説 昭和8年茂吉50歳、蔵王温泉の旅館 若松屋に逗留時に「霊泉延年」と書いた書より、霊泉の部分を縮小コピーし、先代当主長右衞門が昭和46年に旧若松屋敷地内(現霊泉広場)に建立した。
現当主長右衞門の曾祖母、おわかは茂吉の養父(青山脳病院の斎藤紀一博士)の姉、おわかさんの長男平六と茂吉は、同年輩共に机をならべ勉強した間柄。昭和16年5月1日58歳の時にも旧若松屋に逗留(2泊)し、瀧山に登りながら10首、山頂で9首の句を詠んでいる。
場所 高湯通り・霊泉広場
建立年 昭和46年(1971)
建立者 斉藤長右衞門
アクセス 蔵王温泉バスターミナル➡徒歩4分(歌碑⑧⑨経由)

「蔵王文学のみち」周辺の
茂吉歌碑

北の歌碑

ふた国の生(い)きのたづきのあひかよふ
この 峠路(たうげぢ)を愛しむわれは

朗読 ふた国の生きのたづきのあひかよふ△
この 峠路を愛しむわれは
意味 (昔から)宮城、山形2つの国の人らの暮しを支えてお互いに通い合った生活道路だ、この峠の道は。身に沁みて愛(いと)しいな。
注釈 小題「笹谷越」60首中の一つ。「おのれ今年六十一歳の還暦をむかへたれば、をさなき頃父兄より屢その話聞きつる笹谷峠を越えて記念とす。五月一日朝、甥高橋重男を伴とし上ノ山を立つ」。「十二時笹谷のいただきにいたる。風つよく松の矮樹のみにて休らふ樹かげなし。凹きを選びて荷をおろしつ」。
笹谷峠は宮城県と山形県を結ぶ最古の峠。標高906メートル。江戸時代は仙台城(仙台藩領)と山形城(山形藩領)結ぶルートで参勤交代にも使われた。明治26年~28年にかけて改修。明治29年8月、仙台まで父に連れられ歩いて上京した茂吉の越えた峠は関せきやま山峠。標高650メートル。
単に故郷を愛するということだけでなく、茂吉の父や兄が笹谷峠のことを言い、茂吉の全歴史がこの歌にこもっているといえる。
出典 霜(昭和17年)
場所 笹谷峠
建立年 昭和62年(1987)
建立者 斎藤茂吉歌碑建立委員会
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡車20分
B:山形駅➡車40分

南の歌碑

平(たいら)ぐらの高牧(たかまき)に来て
あかときの水飲み居れば雲はしづみぬ

朗読 平ぐらの高牧に来て△
あかときの 水飲み居れば雲はしづみぬ
意味 (歌碑を見るために朝早く出て)平ぐら(今の蔵王坊平高原)に着き、水を飲んでいると山の雲が沈んで見える。
注釈 小題「歌碑行」22首中の一つ。山の歌碑❸の歌の註参照。
茂吉が昭和14年の蔵王山頂の歌碑を初めて見たときに作った歌。
出典 寒雲(昭和14年)
場所 蔵王坊平
建立年 昭和49年(1974)
建立者 上山市
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡車20分
B:山形駅➡車45分

母校の歌碑

あかねさす日のまともなる高岡たかをかに
心ゆたけく子らは学ばむ

朗読 あかねさす日のまともなる高岡に△
心ゆたけく子らは学ばむ
意味 太陽が真正面からさしてくる日当たりのよい高岡にある学校で、その光を受けて心豊かに、子供たちは学ぶことだろう。そう願ってやまない。
注釈 「あかねさす」は「日」を言うための枕詞。
「山形県堀田小学校のために」詞書あり。現在は山形市立蔵王第二小学校。
出典 寒雲(昭和12年)
場所 山形市蔵王第二小学校校庭
建立年 昭和38年(1963)
建立者 斎藤茂吉翁歌碑建設委員会
備考 ※小学校校庭内のため一般公開はしておりません。
画像でお楽しみください

松尾山の歌碑

あしひきの山の池なる白き鯉
われの心はけふは和ぎなむ

朗読 あしひきの山の池なる白き鯉△
われの心は けふは和ぎなむ
意味 山の静かな池にいる白い鯉よ、疎開中の落着かないわが心も今日だけは穏やかになることだろう。(孤独感)
注釈 七月三十一日松尾山観音堂での作。手帳7首中の一首。
しづかなる時代よ のごときこころにて白き鯉この水にあぎとふ「小園」昭和20年
歌集『小園』には上記松尾山の歌碑の歌はなく、この歌のように推敲されて、昭和20年「金瓶村小吟」50首の中に収められている。白き鯉が蔵王の清冽な伏流水にあぎとう様を見て、のどかさと仏性を強く感じているだろう。茂吉には白き鯉の歌が何首かある。みなもとは石のかげなる冬池や白き鯉うきいでてしまし噞喁ふ「寒雲」昭和12年など。
自然の万物がもともと具えもつ「仏性」「神性」は白い狐伝説や夏目漱石の俳句 仏性は白き桔梗にこそあらめ とにかく歌碑になった作には感動の処女性がある。
出典 全集拾遺(昭和20年)
場所 松尾山観音堂
揮毫 山形県知事 吉村美栄子
建立年 平成31年(2019)
建立者 茂吉歌碑を建立する会

街の歌碑

山のべににほひし(へる)葛くずの房花ふさはな(花房)は
藤なみよりもあはれなりけり

朗読 山のべににほひし葛の房花は△
藤なみよりもあはれなりけり
意味 山のべに香って美しい葛の房花は、人の手の入った藤浪よりもものの哀れ、愛しさを感じさせる。
注釈 小題「山水人間虫魚」(51首)の「あららぎの実」(6首)の一つ。
歌碑は茂吉自筆の色紙をもとに刻まれているため、歌集「つゆじも」に載る歌と一部が異なる。
出典 つゆじも(昭和21年)
場所 山形美術館
建立年 昭和61年(1986)
建立者 山形新聞・山形放送
アクセス A:蔵王温泉バスターミナル➡車35分
B:山形駅➡徒歩10分

モニュメント

万国(ばんこく)の人来り見よ雲はるる
蔵王の山のその全けきを

出典 つきかげ(昭和20年)
場所 山形駅
建立年 平成5年(1993)
備考 ※レリーフ

茂吉歌碑めぐり セルフツアー

湯の歌碑

13基の茂吉歌碑と開湯伝承1900年 源泉かけ流しの名湯
魅力あふれる「日帰り入浴場」「足湯」
山形の美味しいものも楽しみながら、蔵王温泉の街を歩く!

タイムマップ

お願いとご注意

  • 表示の時間は目安です。
  • 「湯の歌碑」めぐりは登り坂、石階段(参道)、「山の歌碑」めぐりには登山道なども含まれています。ご自分の体力と体調に合わせて、ロープウェイ、リフト、タクシーなどを上手に使いながら、ご自分にあったコースでお楽しみください。
  • 「湯の歌碑」めぐりは、ループしたコースなので、お泊りの近くの歌碑から始めれば、同じ歌碑に戻ってきます。
  • 登山道は登山の装備をおすすめします。特に、山の歌碑③(蔵王地蔵尊)から山の歌碑②(熊野岳山頂)までは登山道になりますので、着衣、履物を中心に登山の装備をしてください。
  • 山の歌碑②(熊野岳山頂)までの徒歩工程が難しいと思われる方は、蔵王ロープウェイ地蔵山頂駅で写真パネルがございますので、こちらをご鑑賞ください。
  • 山の歌碑②(熊野岳山頂)から山の歌碑⑤まで登山道で歩くことができます。歩く時間は約40分です。登山の装備をおすすめします。
  • ロープウェイ、リフトの運行時間、運休については、事前に直接お問い合わせ下さい。
    蔵王ロープウェイ

    TEL 023-694-9518

    蔵王中央ロープウェイ

    TEL 023-694-9168

茂吉歌碑めぐりと楽しむ

蔵王国定公園 日本百名山の一つ 蔵王トレッキング

蔵王連峰 最高峰熊野岳(1841m)をはじめ、亜高山地帯の豊かな植物や野鳥等、大自然の宝庫。
火口湖の「お釜」や湖沼とキタゴヨウマツの「いろは沼・観松平散策路」、そして、ブナ林と湖沼群の「ドッコ沼・蔵王中央高原散策路」など、ロープウェイや整備された登山道、散策路で手軽に四季折々の恵みを堪能。

詳しくはこちら

信仰の山のパワースポット 蔵王開運回遊

古から信仰の山として人々を魅了してきた蔵王の、蔵王三大神「蔵王地蔵尊、蔵王大黒天、蔵王大権現」の力、パワーストーン「TS-STONE(トニー・ザイラー顕彰碑)」の力、そして「蔵王の大自然」の力が、あなたを元気に!

詳しくはこちら

蔵王に響く、心に響く4つの音色 山のベル

開運の鐘 蔵王ロープウェイ地蔵山頂駅前
開運の鐘 蔵王中央高原・鳥兜山頂広場
健康の鐘 蔵王中央高原・中央ゲレンデ
(冬期間はレストハウス ベルベル)
愛の鐘 蔵王中央高原・ドッコ沼近辺(冬期間はお休み)

開湯伝承1900年の名湯 蔵王温泉 湯めぐり

標高900mの高地に湧く、源泉かけ流し100%天然温泉。全国でも有数の酸性の強い硫黄泉は、特に美肌効果もあるといわれ、日常に疲れた心と身体をリラックス、リフレッシュ。

詳しくはこちら

斎藤茂吉記念館

茂吉の生家の近く、最上川支流の須川のほとり、東に蔵王連峰を仰ぐ景勝の地に建ち、館内には茂吉が示した業績や、直筆の原稿・書画などの資料を中心に展示。蔵王温泉から車で約30分。

上山市北町字弁天1421
TEL. 023-672-7227

詳しくはこちら

かみのやま歴史と文学の小みち 斎藤茂吉歌碑めぐり

ふるさと上山市金瓶地区(旧金瓶村)は、斎藤茂吉が14才で上京するまでの幼少年期の体験記憶が残るところ。
生家や金瓶学校(最初に通った小学校)、宝泉寺(生家 菩提寺)など数多くのゆかりの場所とともに、上山市内には20基を超える歌碑が建つ。(一部「蔵王文学のみち」と重複する歌碑があります)

TEL. 023-672-7227

各種ダウンロード