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光禅寺

 最上義光をはじめとする最上家三代の菩提寺。
 初め元三日町の長源寺にあったが、最上氏が改易後、鳥居忠政によって、門前の三日町と共に、現在地に移建された。
 光禅寺は始め慶長寺と称し、最上義光が黒滝向川寺の九世春林弾冬和尚を招請して開創したが、元和年間に光禅寺と改称したという。明治以前まで、御朱印250石の寺領が安堵されていた。
 墓地内には、最上義光の五輪塔墓をはじめ、殉死者四人の墓、最上家親・義俊父子の墓碑が立っている。
 この傍らに永和2年(1376)の板碑があるが、これは明治29年(1896)、二の丸の北東隅から発見され、ここに移建されたものである。銘文から、斯波兼頼に関係がある板碑として注目されている。
 明治27年(1894)の市南の大火で全焼し、最上義光の御廟屋をはじめ、多くの寺宝も焼失したが、本堂裏にある庭園は、江戸初期の遠州流の庭園として、市の名勝に指定されている。

場所山形市鉄砲町2-5-7
電話023-622-7796
その他曹洞宗
庭園(市指定名勝)