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成沢城跡公園(成沢城跡)

南北町時代の延文元年(1356)、山形に入部した斯波兼頼が山形城を築いた。その後、永徳元年(1381)、兼頼の孫兼義が成沢の泉出に城を築きその2年後、永徳3年(1383)御神託により山頂に鎮座していた八幡宮を現在地に移し、その跡地に城を築いたと言われる。その際、兼義は一切経と八幡大神を埋納し武運長久を祈願したと『八幡神社縁起書』に伝えられる。
『奥山家家伝記』(寛永9年 1632)によれば、城は「高さ72間、南北17間、東西45間」とあり、成沢城は山形城南方の守りの第一線として重要な城であった。成沢地区の中心高台にあり、山形城・長谷堂城はさらには上山方面を一望できる地である。西方は急斜面、麓には鳴澤川を天然の内堀として、さらに外堀をめぐらし難攻不落の要塞であった。
天正6年(1578)最上義光と上山光兼とが、松原柏木山で戦った際に、当城は山形防衛の前線となり、その当時の城主は成沢道忠であった。
城は、元和8年(1622)最上家の改易とともに、禄高1万7千石と言われる氏家氏を最後の城主に廃城となったが、初代城主以来約240年にわたって存続した。
昭和40年に、成沢道忠公の木像が数百年ぶりに奉還され、現在は八幡神社に奉納されている。
館山には、天喜5年(1057)に創建したと言われる八幡宮、築城以前からの馬頭観音堂、麓には歴代の城主から篤く信仰された常善寺があり、今でも住民の素朴な祈りの山である。

場所山形市蔵王成沢
電話山形市公園緑地課 023-641-1212